こんにちは、Ponmigo(ポンミーゴ)です。
このブログでは、ラテン音楽とラテンダンスについて紹介しています。

「バリーチャ」って何?
あのペルーの赤い服って民族衣装なの?
明るくて楽しい音楽&ダンスに興味がある!
今回は、以上のような、バリーチャ(Valicha)に関する質問にお答えします。
この記事を読むことで、バリーチャというペルーの曲についての理解が深まりますし、ペルーの代表的な赤い服についても知ることができますよ!
バリーチャは「クスコの人々への賛美歌」!?
バリーチャ(Valicha)とは、1945年にミゲル・アンヘル・ウルタド(Miguel Ángel Hurtado)が作曲したもので、クスコの人々への、真の賛美歌です。
これは、クスコをはじめペルー全土で踊られ歌われる大人気なワイニョ(Huayño)で、世界的にもとても有名な曲です。
また、この曲は、アンデス地方で踊られる民俗芸能でもあり、感情や喜び、力強さを表現しています。
「バリーチャ」という名前の由来
曲名である、「バリーチャ」はバレリアナ(Valeriana)という女性の名前の省略形です。
バレリアナがどのような女性なのか、ということについては以下で紹介しますね。
「バリーチャ」はバレリアナの美しさを歌っている!?
バリーチャはバレリアナという女性をテーマとして、ミゲルという男性が作った曲です。
ちなみに、二人は恋仲にあったとされています。
また、これはバレリアナの美しさを歌った曲でもあると言えます。
バレリアナとはどんな人物?
この曲のテーマとされた、バレリアナと呼ばれている女性についてみていきましょう。
彼女は1927年生まれで、名前はバレリアナ・ウイカ・コンドリ(Valeriana Huillca Condori)といいます。
彼女は農民の出身で、村一番の美女とされていました。
そのため、彼女はこの地域の若い男たち、なかでもミゲル・アンヘル・ウルタドにかわいがられていました。
ミゲルとはどんな人物?
一方で、ミゲル・アンヘル・ウルタド(Miguel Ángel Hurtado)は1922年生まれの地主でした。
ミゲルとバレリアナは、ミゲルの両親が住んでいたペルーのアコピア(Acopia)で出会いました。
学校の休暇中にリマからやってきたミゲルは、ケチュア語を話す農民の少女バレリアナと気ままな関係を持ったそうです。
ですが、この関係はバレリアナが両親の命令でクスコに向かわされる少し前に破局したと言われています。
バリーチャの動画を2つ紹介!
ここで、バリーチャの動画を2つ紹介しますね!
ダンスバージョン
最初に紹介する動画は衣装と踊り方がわかるものです。
ペルーの民族衣装としてこのような赤い服を想像する方も多いと思いますが、実はこれはバリーチャの衣装なのです!
また、このダンスでは、音楽のリズムを刻む小ジャンプをベースに、ポンポンをクルクルと回しながら踊ったり、ターンを展開したります。
ケチュア語バージョン
次に紹介する動画はケチュア語で歌っているものです。
バリーチャの曲は元々、スペイン語ではなく、ケチュア語で歌われていたことから、これが最もミゲルが作曲したものに近い曲だと想定することができますね!
ペルーのなかだけでも、全ての人がケチュア語を理解できるわけではないことから、現在では、ケチュア語で歌われているものにスペイン語の字幕が付けられているものも多くあります。
ちなみに、バリーチャの演奏では、ケーナ(管楽器)、チャランゴ(弦楽器)、ハープ(弦楽器)、バイオリン(弦楽器)などが使われます。
まとめ
バリーチャはワイニョのリズムで演奏され、踊られるペルーの曲です。
これは、クスコの人々への賛美歌のようなものだとされており、ペルーではもちろん、世界的にもよく聞かれています。
バリーチャの他にもワイニョの曲はありますので、興味のある方は以下の記事も合わせてみてみてくださいね!
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